[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
さて、ばれんたいんシリーズ第三弾、作兵衛から留三郎へ、です。留三郎の実家の捏造設定がありますのでご注意を!
なんせ「留三郎」ですから、上に二人くらいいるんじゃないかなーと思います。で、男としては末っ子で、お兄ちゃんには徹底的に可愛がられてて、だから自分が後輩を持った時には可愛くて仕方が無いとか。
でも留三郎の面倒見の良さは、一年の時から不運だった伊作の面倒を見ることによって培われたのだと信じています!
作兵衛はなんて言うか、忠義者、っていうイメージですね。有能な右腕だといい。ところで、作兵衛の一人称って「俺」のイメージだったんですが、原作読み返してみると、40巻で「ぼく」、44巻で「私」なんですよねえ。なんで「俺」だって思ったんだろう。アニメでそう言ってたのかな?
ともあれ、作兵衛から留三郎へ。追記からどうぞ。
目の前には、藍染の包み。
文机の上に置かれたその包みを前にして、俺はいつになく緊張していた。
本当は、藍染なんておかしいかとも思った。中身はチョコレートなんだし、汚れても目立たないように葡萄茶がいいかとも思ったけれど、その選択はあまりにも実用一点張りすぎてどうかと思うし、かといって適当な綺麗な色といっても何も思いつかなくて、何色がいいのかさっぱり分からなくて。
悩みに悩んだ末、辿りついたのが青だった。
縹というほど濃くもなく、浅葱というほど薄くもない。
夏の空のような、深みのある青。この藍染の綿布こそが、かの先輩に相応しいと思われた。だからこれに包んだ。
ともかく今日なんだ。その藍染の包みの前で、俺はぐっと握りこぶしを作る。
包みがおかしかろうとなんだろうと、とにかく今日、渡すしかない。
二月も半ば、もうあと一月と少しで、先輩は卒業してしまわれるのだから。
俺の気持ちを伝えるには、今日をおいて他はない。
こんなチャンス滅多にない。
「……よし」
ひとつ呟くと、藍染の包みを手に取る。そして立ち上がる。
「おーい作兵衛ー、委員会行かないのかー?」
先に部屋を出た同室の者が、振り返って叫んでるらしい。
「ああ、今行く!」
俺も叫び返すと、部屋を飛び出し、三年長屋を飛び出した。
用具倉庫の前に、先輩はいた。
「おう、作兵衛、早いな」
先輩の方こそ早い。もう用具倉庫の扉を開け、中の窓も全部開け放ってあるようだ。風を通してさえおけば、後の準備は今日やる作業次第。いつもなら、ここで「今日は何をやるんスか?」とか聞くところだけれど。
まだ、一年生の姿はない。渡すなら今だ。俺は挨拶もそこそこに、風呂敷包みを差し出した。
「あ、あの、先輩!これっ!」
「ん、どうした作兵衛?」
扉の建付けを調べていたらしい先輩は、俺の方を振り向いた、らしい。
俺はもう、包みを捧げ持って俯いたまま、顔を上げられない。
「……これ、もしかして、俺に?」
「そ、そうです、あのっ!いつもお世話になってるのでっ!お礼って言うかその」
それでもまだ、包みは俺の手の中にあった。意を決して顔を上げれば、先輩はきょとん、とした表情のまま。じれったくて、俺は思いつくまま言葉を口にしていた。
「俺、先輩のこと凄え尊敬してます。憧れるって言うか、その、いつか、六年になったら先輩みたいになりたいって思ってて、それで、あの」
何て言ったらいいんだろう。ちゃんと考えてた筈なのに、ちっとも出てこない。言葉に詰まった俺の頭に、先輩はぽんと手を載せた。
「おいおい、それはやめとけよ。俺みたいになったら、後輩から『無駄な熱血』とかって煙たがられるぜ?」
くーっ、やっぱ聞かれてたか。山村の奴、後でシメてやるっ。
「でも、気持ちは嬉しい。……ありがとな、作兵衛」
そうして先輩は、俺の手から包みを受け取ってくれた。
仰ぎ見れば、いつもの位置に、にかっと笑う先輩の顔があって。凄え嬉しそうなんだけど照れた分だけ口元がちょっと歪んだあの笑い方で。
……良かった、喜んでもらえた。
ほーと息をつくと、どっと疲れが押し寄せてきた。背中が汗で張り付いて気持ち悪い。本当、どれだけ緊張してたんだろう。
先輩は用具倉庫の入り口にどっかと腰を下ろすと、俺を手招きした。
「ちょっとここ座れ。……これ、開けていいか?」
「あ、はい」
中身は、この前の休日に買ってきたチョコレートだ。
同じくチョコレートを買いに出た藤内と一緒に、何軒も店を回って選んだ。小遣いが少ないから大した物は選べなかったけど、それでも、大人な先輩の口に合うものと考えれば、俺たちが普段食ってるような、質より量の粗悪品で良い訳がない。
でも高級なチョコレートは高い。結局、大していいものは選べなかったけれど、果たして先輩の口に合うかどうか。どきどきしながら、藍染の結び目を解く先輩の手元を見守る。
「おー、なんか上等そうなチョコだな。本当に俺がもらってもいいのか?」
「えっ、ええ、勿論です!」
そのために、藤内と何軒も店を回ったんですから!でも先輩は俺をちょっと見ると、軽く笑った。
「んじゃ遠慮なく。……作兵衛、折角だから一緒に食おう」
「へっ!?」
差し出されたのは、先輩が取った分一つ減ったチョコレートの包み。
いや、俺は先輩のために買ってきたんですから。そんな風に遠慮しようかとも思ったけれど、実のところ、自分のためには絶対買わないような高級品である。どんな味がするのか、興味がないこともなかった。
「……じゃあ、お相伴に預かります」
俺も包みから一つ摘み出した。そのまま口に放り込む。
うん、美味い。
正直に言えば、いつも食べてるチョコとどう違うのかは分からなかったけれど、ちゃんとチョコレートとして美味いんだからいいことにする。
でも、これは味見だ。後はやっぱり、全部先輩に食べていただこう。せっかく小遣いをはたいたんだから、やっぱり先輩に味わって欲しい。俺が食ったんじゃ勿体無い。先輩も、こんなところで開けないで、部屋に持って帰ってくれたら良かったのに。
そう思って、ふと気付いた。
そうか。部屋に持って帰れば、同室の人が気付く。そしたら優しい先輩のことだ、一緒に食うか?ってことになって、分け合ったかもしれない。善法寺伊作先輩と。
……ああ、それは嫌かもしれない。何となくだけど、そう思った。
善法寺先輩のことは嫌いじゃない。ていうか、好きとか嫌いとか考えたことなんかない。そういうことではなく。……ただ、羨ましいと思うのだ。
クラスも部屋も同じで四六時中一緒にいられる上に、時折留三郎先輩が善法寺先輩のことをとても優しい目で見ているから。
善法寺先輩に恨みはないけど。でも、あの先輩が俺のチョコを食べるくらいなら、俺の腹に収めた方がマシかもしれない。
とすると、留三郎先輩がここで開けてくれたのが正解なんだ。
多分、先輩は、そこまで考えてのことじゃないと思うけど。ただ、上等そうなチョコだから自分だけ食っちゃ俺に悪いとか、そういう風に気を遣ってくれただけだろうけど。
でも、先輩がまた俺に差し出してくれたから、遠慮なく一個摘み取った。
「俺の実家は凄え田舎でさ」
先輩は指先で摘んだチョコを目の前でためつすがめつ眺めていた。
「だからチョコレートなんてハイカラなもん、忍術学園に入学してから初めて食ったんだよな」
「え、そうなんですか」
びっくりした。こんなもの、京や堺じゃなくてもどこでも売ってるのに。
先輩の実家ってどこなんだろう。山奥なんだろうか。聞いてみてもいいかな、という思いは、しかし次の一言で撃ち砕かれた。
「俺、卒業したら地元の城に就職するんだ」
「えええっ!?」
卒業生に就職先を聞くのはタブーだ。就職先によって、敵味方に分かれる場合もあるから。だからもちろん、生徒の出身地や実家や父親の職業について、根掘り葉掘り聞き出したりするのもタブーだ。
それでも話の流れから、大体どの辺、位は聞いてもいいかと思ったんだが……就職先が絡んでくるなんて。これじゃあ、どの辺かだけ聞くのもヤバイじゃないか!
「ここからだいぶ北に行った山ん中の、ちっさい国の、ちっさい城でさ」
「ちょ、ちょっと待ってください先輩!」
俺は思わず立ち上がっていた。
「そんな話を俺に聞かせていいんですか!?」
「別に構わねえよ」
しかし先輩は柳に風と言おうか、平然としたものだった。
「どうしても隠しときたいようなことじゃねえし。みんな知ってるし」
だから落ち着いて座れ、と身振りで言われて、俺はまたその場に腰掛けた。
しかしみんなって。一緒に入学した、つまり先輩の同級生の方々のことじゃあ?先輩と古い付き合いの五年生の方たちも知ってたとしても、三年の俺が聞いていいことじゃないような気が。
「卒業しちまったら、もうチョコレートなんて食えないかもしれない」
そう言いながら先輩は指先に摘んでいたチョコを、また口に放り込んだ。
「だからさ。卒業前にこんな上手いチョコレートが食えて、凄え嬉しい」
ありがとな、って先輩はにっこり笑ってくれたけど。俺はその笑顔を見て、何故だか胸が詰まった。
そうだ、先輩はもうじき卒業してしまうんだ。
でも。
先輩は俺に進路を明かしてくれた。
大抵の先輩は、行く先も告げずに消えてしまう。まるで最初から居なかったかのように。
それを思えば先輩は、ちゃんと行き先を俺に告げてくれた。行くべき場所があることを教えてくれた。
具体的にそれがどこだか分からなくても、それって最高の置き土産じゃないだろうか。
「そのちっさい城が親父が勤めてる城でさ、そこの忍者隊に就職することが決まってて」
「……それってコネ就職ですか?」
「莫迦言え。そんな甘いもんじゃねえよ」
先輩なら大きな城で活躍することも夢じゃないだろうに。コネで就職っていうのもらしくないなあと思ったら、拳固で小突かれた。
「兄貴二人がもう侍として勤めてるからさ。これで二人が順当に出世して、俺もそれなりに偉くなったりしたら、親父はあの城の軍事を一手に握るつもりなんだぜ」
「うひゃー……」
思ったよりシュールな話に少しびびった。しかし、ご兄弟が侍で、お父上も城にお勤めとなると……留三郎先輩って、かなりいい家の御曹司なんだろうか。
わかる、ような気がする。確かに先輩は武闘派で熱血だけれど、意外と細かいところに気が回る人だ。言葉遣いが荒っぽくても、決して下品なことは言わないし。
「……作兵衛、手がベタベタだぞ」
「うひゃあっ!」
さっき摘み上げたままにしていたチョコレートが、指の間で溶けてぐずぐずになっていた。地面に落ちる前に、どうにか口で受け止める。その様子を見て、失礼にも先輩は笑う。武闘派と言われる釣り目な強面なんてどこかへ行ったかのような、明るい笑顔。
俺の好きな、先輩の笑顔。
「あー、チョコレートの匂いだー!」
声がしたと思ったら、校舎の方から小さな影が三つ駆けて来た。
「げ、あいつらもう来やがったのか!」
先輩は慌てふためいてチョコを包みに隠そうとする。しかし、普段ならありえないスピードで用具倉庫にたどり着いたしんべヱは、先輩が持ってるチョコレートに目を輝かせ、口からよだれを溢れさせた。
「ちょ、ちょっと待てお前ら!」
そのあまりの速さに、チョコを隠そうとして隠し切れなかった先輩は、立ち上がってチョコを頭上に掲げる。
「いーなー、美味しそー!」
「チョコ……いいな……」
いつの間にか追いついた喜三太も平太も、先輩の足にまとわりついて、羨ましげに上を見上げた。
「いや、これは作兵衛が俺にくれたんだからなっ、そうおいそれとお前らにやる訳にはっ……」
「構いませんよ」
俺がそう言うと、先輩は、え、と俺を振り返った。
なんていうか、嬉しかった。俺が先輩に、先輩にだけ食べて欲しくて買ってきたんだってこと、ちゃんと先輩に伝わってた。
先輩が用具の後輩達をどんなに可愛がってるか知ってる。だから、その可愛い後輩達に無遠慮に食べさせたりしないで、守ってくれたことが嬉しかった。
だから、それでいい。
「先輩さえ良ければ、みんなで食べましょうよ」
「ね、そうしましょ、そうしましょ!」
しんべヱが足元でせっつくと、留三郎先輩は頭上に掲げていたチョコの包みを下ろした。
「まあ……作兵衛がそう言うなら」
「やったー!」
先輩が差し出した包みに凄い勢いで三つの手が伸びて、一つづつチョコを摘むと口に入れる。
「おいしーい!」
「ほんと!!」
「あまくておいしい……」
しんべヱや喜三太だけでなく、平太までうっとりと美味しい顔になる。でも、それを見守る留三郎先輩が、一番甘い顔をしていた。
食満留三郎先輩という人は、こういう人なのだ。
俺はやっぱり留三郎先輩みたいになりたい。
強くて、格好よくて、熱血で。後輩に優しくて、人の気持ちが良く分かってて、何て言うか……人を守れる強さを持つ人に。
思い切ってチョコレートを渡して良かった。俺は心からそう思うと、チョコでべたべたになった手をそっと舐めた。